猟華と罪は機関の作業員達と別れると、春奈のいる避難所へと向かった。
距離はかなり離れていたが、魔力の充実した猟華が罪を抱えて夜空を駆け、二十分とかからずに辿り着いた。
時刻は日付が変わり、深夜二時。
避難所の中も、多少は寝付けずに起きている人がいるが殆どの人間が眠りについている。
・・・筈だが、何人かの人間があちらこちらで走り回っている。何かを慌てて探し回っているようだ。
よく見れば、彼らは猟華や春奈のボランティア仲間だった。
猟華の胸に、得体の知れない不安がよぎる。
「罪さん、ちょっと待っていてもらえますか? 何だか様子が変です」
「・・・分かりました」
罪にも避難所の様子がおかしい事が分かり、少し離れた物陰に隠れる事にした。
小走りに避難所に向かった猟華は、手近な人間を捕まえて事情を聞いてみた。
「あ、すみません。騒がしいようですが、何かあったんですか?」
「ああ、ボランティアの女の子が一人、姿を消しちまったそうなんだ」
猟華の呼吸が一瞬止まった。
距離はかなり離れていたが、魔力の充実した猟華が罪を抱えて夜空を駆け、二十分とかからずに辿り着いた。
時刻は日付が変わり、深夜二時。
避難所の中も、多少は寝付けずに起きている人がいるが殆どの人間が眠りについている。
・・・筈だが、何人かの人間があちらこちらで走り回っている。何かを慌てて探し回っているようだ。
よく見れば、彼らは猟華や春奈のボランティア仲間だった。
猟華の胸に、得体の知れない不安がよぎる。
「罪さん、ちょっと待っていてもらえますか? 何だか様子が変です」
「・・・分かりました」
罪にも避難所の様子がおかしい事が分かり、少し離れた物陰に隠れる事にした。
小走りに避難所に向かった猟華は、手近な人間を捕まえて事情を聞いてみた。
「あ、すみません。騒がしいようですが、何かあったんですか?」
「ああ、ボランティアの女の子が一人、姿を消しちまったそうなんだ」
猟華の呼吸が一瞬止まった。
「あ、まさか・・・佐野さんという女性では・・・?」
「そうそう! 一緒に寝ていた人達に夜中にトイレに行くって言って出て行って、いまだに戻っていないらしいんだよ」
礼もそこそこに跳ねるように踵を返した猟華は、春奈の寝ていたボランティア用の宿泊エリアに向かった。
部屋に飛び込んだ猟華を、顔見知りのボランティア仲間が驚いた顔で出迎える。
「猟華さん!? 貴女、佐野さんと一緒じゃなかったの!?」
「い、いいえ・・・。私はちょっと用事があって、出掛けていたんです」
「駄目じゃない! そういう事はちゃんと連絡していってくれないと!」
「す、すみません! それで、春奈さんは!?」
「十一時くらいにトイレに行ったっきり帰ってこないのよ。私は貴女が一緒だとばかり・・・!」
猟華の胸に広がった不安が、急速に膨れ上がる。
(甘かった・・・! あれだけの傷を負った春奈さんが、昨日の今日で簡単に癒される訳など無いのに・・・!)
同時に、自分の考えの甘さに打ちのめされる。
知らずに握っていた拳に、自らの爪が食い込んで血が滲み始めていた。
「あ、そ、それで捜索はどうなっていますか?」
「この辺りの安全な場所は探し尽くしたけど、見つからなかったの。後は、立ち入り禁止の場所だけなのよ。そこに入る訳にはいかないし・・・自衛隊の人達がパトロールしてくれているけど、まだ何も連絡は無いわ」
「ん・・・そうですか。私も捜索に加わります」
「ええ。でも、危険な場所に行っちゃ駄目よ?」
「はい!」
部屋を出た猟華は闇夜に紛れて罪の所に戻り、事情を説明した。
「今回の被害者さんですね?」
「ええ・・・。私の考えが甘過ぎでした。罪さん、申し訳ありませんが今日はここで別れましょう。私は春奈さんを探しに行きます」
「自分も手伝いますよ。人手は多い方がいいでしょう?」
「え・・・良いのですか?」
「勿論ですよ」
罪はにっこりと笑顔を見せながら頷いた。
その笑顔に、猟華の不安が僅かに癒された。
「罪さん、ありがとうございます・・・」
「いいですって。それで、どこを探しますか?」
「あ、草木のネットワークを使って彼女を探します。女性の足でそう遠くへは行っていないでしょうし、立ち入り禁止エリアを重点的に探せばすぐに見つかると思います」
猟華は罪を連れて、目立たない場所にある街路樹に向かった。
樹の意識と疎通を図り、春奈を探してくれるようにお願いする。
捜索エリアが絞られていた為か、すぐに彼女の存在を感知する事が出来た。
「見つけました! やっぱり、立ち入り禁止エリアに入り込んでいます!」
「急ぎましょう!」
猟華は罪を抱きかかえると、再び夜空に駆け上がった。
春奈は気がつくと、火事によって黒焦げになった五階建てのビルの屋上にいた。
そこは、崩れる危険がある為に立ち入り禁止になっているビルだった。
屋上の縁に立つと、光の殆ど無い焼け果てた街並みが闇の中に沈んでいる。
生気の薄れた瞳でそれを見つめながら、春奈は立ち尽くす。
「・・・・・・・・・・・・」
幼い頃、火事により家族を失った彼女は、人を助けたいと思いボランティア活動に身を投じた。
この大震災に見舞われた地に赴く事は、彼女にとっては当然の事と言えた。
だが、その善意は欲に塗れた悪意で返された。
「・・・なんか、どうでもよくなっちゃったな」
一歩踏み出せば、全て終わる。
このやり切れない思いが消える。
ゆっくりとした動作で、その一歩を踏み出そうとした。
「春奈さん・・・待って・・・!!」
唐突にかけられたその声は、この数日で友となった人物のものだった。
「猟華さん・・・」
肩越しに彼女を見ると、今にも泣き出しそうな顔をして自分を見つめている。
軽く締め付けるような、それでいて温かい何かが春奈の心を包んでいく。
「春奈さん、帰りましょう・・・お願いですから・・・」
「ねぇ、猟華さん。私、何してきたんだろう」
再び闇に沈む街並みを見ながら、呟くように言った。
「え?」
「見返りを求めてきた訳じゃない。ただ、困っている人を助けて、その人の笑顔を見るのが好きだったの」
雲の流れる夜空を見上げた。
見え隠れする月の光が、幽鬼のように蒼白な彼女の顔を照らす。
「でも、出来なくなっちゃった。・・・前みたいに、人の笑顔が見られないの」
猟華は無言で彼女の話を聞いている。
「なんかさ、何もかもどうでもよくなっちゃった」
くるりと振り返り、猟華に微笑んだ春奈の瞳は虚ろだった。
「春・・・」
「でもね、貴女に会えたのは嬉しかったよ。知り合えて、本当に嬉しかった・・・。だから」
彼女の体が、傾いた。
「え?」
「最後に会えて良かった・・・さよなら、猟華さん」
「春奈さん!!」
十字架に貼り付けにされたかのように、両手を大きく広げた彼女の体が、後ろから闇の中へと落ちていった。
猟華の体が、飛ぶ。
落下していく春奈を追い、自らも落ちながら彼女の体を抱きしめる。
驚愕した春奈が目を見開き、無意識に猟華を抱きしめ返した。
魔力を開放し、落下を止めた猟華は、宙に浮いたまま春奈の顔を覗き込んだ。
その瞳は真紅に輝き・・・涙に濡れていた。
「私は・・・人間ではありません」
言葉の出ない春奈に、猟華は告白する。
「何百年もの間、人に憧れて、人に混じって生きてきた化け物です。でも、私は人の優しさが好きです、人の思い遣りが好きです、人の温もりが好きです・・・。だから、人一倍それに溢れた貴女を、こんな形で失うのは嫌です・・・!」
「猟、華・・・さん・・・」
「だから、生きて下さい春奈さん・・・! いつかきっと、貴女を幸せにしてくれる人が現れる事を信じて、生きて下さい・・・!」
猟華の髪が広がり、植物の蔓のように変化していく。
それは無数の白い花を咲かせ、彼女を柔らかく包み込んで猟華の姿を春奈の視界から消していく。
「え・・・あ・・・! 猟・・・!」
「温かな過去をひと時の癒しの夢として、貴女に贈ります。亡くなられたご家族の為にも、生きて下さい・・・! さようなら春奈さん。私も貴女に会えて、本当に嬉しかった・・・!」
「猟華、さ、ん・・・待っ・・・」
意識が白い霧に飲み込まれるように薄れていく。
最後に見た猟華の笑顔は、これまでに見たどの笑顔よりも優しく、温かで・・・寂しげだった。
「・・・奈、春奈、起きなさい。置いてっちゃうわよ」
お母さんの声がする。
急いで体を起こして、目を擦りながらお母さんにオハヨウを言った。
「寝ぼすけさん、早く顔を洗って来なさい。朝ごはん食べたらすぐに出掛けるんだから」
そうだ、今日は家族でお出かけするんだった。
今日は私の誕生日。
前から欲しかったお人形を買ってくれるって、お父さんが約束してくれたんだ。
「春奈~、早くしないとお父さんとお母さんだけで行っちゃうぞ~」
居間からお父さんの呼ぶ声が聞こえてきた。
大慌てでベッドから飛び降りて、居間に行った。
笑顔のお父さんと、困った顔のお母さんに見られながら急いでご飯を食べて、それから着替えて、待ちに待ったお買い物に出発だ。
お店までの道を、右手をお父さん、左手をお母さんと繋いで歩いていると、前から綺麗な女の人が歩いてきた。
髪の長い、テレビに出てくるようなとても綺麗な人だ。
すれ違う時に、その人が白いハンカチを落とした。
私はお父さんたちの手を放すと、急いでそれを拾って女の人に届けてあげた。
「え? あら、ありがとう、お嬢ちゃん」
女の人の笑顔に、私も嬉しくなってニコッと笑う。
その人はお父さんとお母さんにご挨拶すると、私に聞いてきた。
「あ、ねえ? お父さんとお母さんのこと、好き?」
私が大好き! と答えると、女の人は私の頭を嬉しそうに撫でた。
「ん、そう。その気持ちを忘れないで、ずっと好きでいてあげてね。お父さんとお母さんも、お嬢ちゃんのことをずっと大好きでいてくれるんだから」
私はウン! と答えて、お父さんたちと手を繋ぎ直した。
女の人は歩き出した私たちを、手を振りながら見てる。
その顔が少しだけ、寂しそうに見えた。
私も、なんだか少しだけ、寂しくなった。
「・・・? おい、あそこ! 誰か倒れてないか!?」
「連絡のあった女性かもしれん! 急げ!」
立ち入り禁止エリアをパトロールをしていた自衛隊のジープが、倒れていた春奈を発見し、保護していく。
ビルの屋上からそれを見送っていたのは、猟華と罪だ。
罪は万一に備え、春奈の落下予測地点で待機していた。
彼の出番が無かったのは幸いであったが、猟華はようやく知り合えた友人を失う事になってしまった。
「・・・本当にいいんですか? このまま別れちゃって」
罪が隣にいる猟華に聞いた。
「ん。・・・潮時、という事ですよ」
季節的にまだ暗い空を見上げ、猟華は答える。
「彼女には、ご家族と過ごした楽しく、優しい思い出を夢の中で追体験するように術をかけました。これで、また彼女が生きる力を取り戻してくれるといいのですが」
「・・・もし、取り戻せなかったら?」
「その時は、陵辱された記憶を全て消してしまう別の術が発動します。・・・ですが、私は彼女の強さを信じます」
「・・・そうですか」
無言になった二人に、冷たい風が纏わりつく。
音と光の消えた夜の街が、世界に二人だけしかいなくなったかのような錯覚を覚えさせた。
「ん・・・。罪さん、そろそろ行きましょうか」
「ええ。では、自分の家にご案内します。東京までの長旅になりますが、機関の方からヘリが手配されています。まずは待ち合わせ場所に向かいましょう」
「あ、はい。・・・それにしても、その機関というのは随分大きな力を持っているようですね」
「まあ、それについても道中説明していきますよ」
罪を抱きかかえた猟華が夜空に飛ぶ。
街を見下ろしながら、猟華はここでの思い出をしっかりと胸に抱くのだった。
(十年ほど暮らした神戸の街ともお別れですね。・・・さようなら・・・)
未練を断ち切るように、猟華は速度を上げ、月夜の空に駆け登る。
突然の加速に、罪が小さな悲鳴を上げた。
罪が照れ隠しに笑って誤魔化す。
返す猟華の微笑みは、月と星の光の中で天女のように輝いていた。
エピローグ
罪と猟華はベッドの上で、まどろみながら思い出に浸っていた。
何とはなしに、罪はテレビをつけた。
沢山の子供達が部屋の中で駆け回っている。子沢山の家庭を密着取材した特番のようだ。
「・・・あ、あぁっ!?」
ぼんやりとそれを見ていた猟華が驚きの声を上げた。
驚いた罪が猟華を見つめる。
「ど、どうしたんだよ、急に」
「は、春奈さんですよ! ほら! この子達のお母さん!!」
「え・・・ええっ!?」
テレビの画面に映し出されていたのは、間違いなく猟華の友人だった佐野 春奈その人だった。
「あ、春奈さん・・・! 良かった、元気そうで・・・!」
思わず涙ぐんだ猟華の肩を、罪はそっと抱いた。
「それにしても・・・。男の子四人に、女の子三人!? 元気にお育ちのようで・・・」
「え、春奈さん妊娠中!? しかも双子!?」
二人は呆けたように画面を見つめる。そこに、春奈の明るい笑顔が映し出された。
繋がったスタジオの司会の質問に、彼女が答えている。
『・・・では、奥さんのもう一度会いたい人というのは、あの阪神大震災の時に知り合った女性なんですね?』
『ええ、ボランティア仲間でした。私、そこでちょっと嫌な事があって、彼女に励まされたんです。事情があったみたいで、彼女はその後すぐに帰ってしまわれて・・・。以来ずぅっとお礼を言いたいと思っていたんですけど、連絡先も分からなくて・・・』
『なるほど。では、ここで呼びかけてみてはいかがですか?』
『いいんですか? それじゃあ・・・。猟華さん! 私は御覧の通り元気です。子供達の面倒は大変だけど、旦那と一緒に幸せに暮らしています。だから、心配しないでね。よかったら連絡を下さい』
『え~と、猟華さん? もしも番組を御覧になっておりましたら、今テロップに流れている電話番号へご一報ください。お待ちしております・・・』
「良かったな、猟華。元気で幸せな上に、子宝に恵まれてなによりだ」
「・・・ええ。本当に良かった・・・!」
「連絡、してみるか?」
罪の問いに、猟華は首を振る。
「ん・・・。もう、私が彼女に関わるべきではないでしょう。トラブルに巻き込んでしまうかもしれませんし。彼女が幸せだと分かっただけで、私は満足です」
「ん~、それはそうだが・・・。それじゃあ、俺が猟華の代理って事で、会えないけど元気だって伝えようか? 匿名で」
「え。・・・そうですね、春奈さんがそれで安心してくれるなら・・・。では、罪さん、お願いします」
「了解だ」
猟華の涙を拭いつつ、罪もまた温かな気持ちになるのだった。
「あ~~っ!! 猟華ちゃん、ずる~~い!! 一人だけ罪ちゃんとイイ事してる~~っ!!」
突然、二人の鼓膜を震わす大音響が響いた。
「え! は、羽夜!? ず、随分早く帰ってきたんですね・・・」
「あたしもいるよ~~ん・・・抜け駆けするとは、猟華もずっこいねぇ~~?」
「あ、あら、蜜巳さんも、お早いお帰りで・・・」
部屋のドアから、羽夜と蜜巳がジト目で二人を見つめていた。
シーツで体を隠しながら、愛想笑いで誤魔化す猟華。
ニタニタと笑いながら、蜜巳と羽夜は猟華にゆっくりとにじり寄る。
その笑顔は、畑を荒らした動物を捕まえた猟師のようであった。
「ふ、二人ともどうしたんですか? ま、まだ四時前ですよ? 夏美さんのお店もパチンコ屋さんもまだやってますよ?」
冷や汗をかきながら、猟華はおずおずと二人に聞いた。
「夏美さん、新作スイーツを味見したら目を回して倒れちゃったの。それでお店は臨時休業して、仕方なく帰ってきたの」
「あたしはゴト師連中と一悶着あってね。全員懲らしめたけど、白けたから帰ってきたのさ」
「そ、そうですかぁ、あは、あははは・・・。あ、ざ、罪さん?」
ベッドの隅へと追い詰められていく猟華が、罪に助けを求めるべく隣を見る。
――誰もいない。
「・・・え゛」
硬直した猟華の前に、一枚の呪符が落ちている。
それを手にした蜜巳が悔しげに言った。
「隠形の呪符・・・逃げられたか」
「相変わらず、罪ちゃんの逃げ足は素早いね・・・」
穏やかな声で蜜巳と羽夜が話す。
静かに喋っている分、余計に不気味である。
「う~、罪さんひどい・・・」
思わず涙声で呟いた猟華に、二人の淫魔がゆらりと顔を向ける。
猟華の肩が、ビクッと大きく竦められた。
彼女の頬に、大粒の汗が流れていく。
「あ、あの、お、お二人とも・・・? その、出来れば言い訳をさせて貰いたいのですが・・・」
「蜜巳ちゃん、猟華ちゃんが何か言ってるよ?」
「今の猟華は獲物と同じ。そして、獲物に情けをかけるは魔族の恥」
「そうだね。罪ちゃんからの“精”、根こそぎ搾り取っちゃお♪」
「え、いや、ちょ、ちょっと待っ・・・!」
「「問答無用~~!!」」
久留間探偵事務所の中から、絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。
だが、街の喧騒に掻き消され、それが道行く人々の耳に届く事はなかった・・・一人を除いては。
「ふぅ、危なかった・・・。許せ猟華、貴女の犠牲は決して無駄にはしない」
歩道を歩いていた罪は、頭を掻きながら事務所の窓を見上げ、一人呟いた。
「羽夜にはケーキ、蜜巳にはウイスキーでも買ってご機嫌を取るとするか」
雑多な街並みの中を罪は歩き出す。
途中の公衆電話でテレビ局に電話を入れることを考え、彼の口元には優しげな微笑が広がっていった。
淫魔使い――陵辱者よ、淫花に抱かれ蕩けて果てよ――END
あとがき
随分と間が空いてしまいました、『淫花に抱かれ~』の、5をお届けいたします。
これにて『淫魔使い』の第二話は完結です。
お付き合いいただいた、御仏のような方々に感謝いたします。アリガタヤアリガタヤ(←拝むなw
さて、作中での罪の言葉遣いが、昔と現在で大分変化しています。
成長するにつれ、砕けた感じになってますね。
色々な修羅場を経験していくうちに、本来の性格が出てきたようですw
さて、ただいまちょっとごたついているので、また更新に間が開きそうです。
マターリとお待ちください・・・。
「そうそう! 一緒に寝ていた人達に夜中にトイレに行くって言って出て行って、いまだに戻っていないらしいんだよ」
礼もそこそこに跳ねるように踵を返した猟華は、春奈の寝ていたボランティア用の宿泊エリアに向かった。
部屋に飛び込んだ猟華を、顔見知りのボランティア仲間が驚いた顔で出迎える。
「猟華さん!? 貴女、佐野さんと一緒じゃなかったの!?」
「い、いいえ・・・。私はちょっと用事があって、出掛けていたんです」
「駄目じゃない! そういう事はちゃんと連絡していってくれないと!」
「す、すみません! それで、春奈さんは!?」
「十一時くらいにトイレに行ったっきり帰ってこないのよ。私は貴女が一緒だとばかり・・・!」
猟華の胸に広がった不安が、急速に膨れ上がる。
(甘かった・・・! あれだけの傷を負った春奈さんが、昨日の今日で簡単に癒される訳など無いのに・・・!)
同時に、自分の考えの甘さに打ちのめされる。
知らずに握っていた拳に、自らの爪が食い込んで血が滲み始めていた。
「あ、そ、それで捜索はどうなっていますか?」
「この辺りの安全な場所は探し尽くしたけど、見つからなかったの。後は、立ち入り禁止の場所だけなのよ。そこに入る訳にはいかないし・・・自衛隊の人達がパトロールしてくれているけど、まだ何も連絡は無いわ」
「ん・・・そうですか。私も捜索に加わります」
「ええ。でも、危険な場所に行っちゃ駄目よ?」
「はい!」
部屋を出た猟華は闇夜に紛れて罪の所に戻り、事情を説明した。
「今回の被害者さんですね?」
「ええ・・・。私の考えが甘過ぎでした。罪さん、申し訳ありませんが今日はここで別れましょう。私は春奈さんを探しに行きます」
「自分も手伝いますよ。人手は多い方がいいでしょう?」
「え・・・良いのですか?」
「勿論ですよ」
罪はにっこりと笑顔を見せながら頷いた。
その笑顔に、猟華の不安が僅かに癒された。
「罪さん、ありがとうございます・・・」
「いいですって。それで、どこを探しますか?」
「あ、草木のネットワークを使って彼女を探します。女性の足でそう遠くへは行っていないでしょうし、立ち入り禁止エリアを重点的に探せばすぐに見つかると思います」
猟華は罪を連れて、目立たない場所にある街路樹に向かった。
樹の意識と疎通を図り、春奈を探してくれるようにお願いする。
捜索エリアが絞られていた為か、すぐに彼女の存在を感知する事が出来た。
「見つけました! やっぱり、立ち入り禁止エリアに入り込んでいます!」
「急ぎましょう!」
猟華は罪を抱きかかえると、再び夜空に駆け上がった。
春奈は気がつくと、火事によって黒焦げになった五階建てのビルの屋上にいた。
そこは、崩れる危険がある為に立ち入り禁止になっているビルだった。
屋上の縁に立つと、光の殆ど無い焼け果てた街並みが闇の中に沈んでいる。
生気の薄れた瞳でそれを見つめながら、春奈は立ち尽くす。
「・・・・・・・・・・・・」
幼い頃、火事により家族を失った彼女は、人を助けたいと思いボランティア活動に身を投じた。
この大震災に見舞われた地に赴く事は、彼女にとっては当然の事と言えた。
だが、その善意は欲に塗れた悪意で返された。
「・・・なんか、どうでもよくなっちゃったな」
一歩踏み出せば、全て終わる。
このやり切れない思いが消える。
ゆっくりとした動作で、その一歩を踏み出そうとした。
「春奈さん・・・待って・・・!!」
唐突にかけられたその声は、この数日で友となった人物のものだった。
「猟華さん・・・」
肩越しに彼女を見ると、今にも泣き出しそうな顔をして自分を見つめている。
軽く締め付けるような、それでいて温かい何かが春奈の心を包んでいく。
「春奈さん、帰りましょう・・・お願いですから・・・」
「ねぇ、猟華さん。私、何してきたんだろう」
再び闇に沈む街並みを見ながら、呟くように言った。
「え?」
「見返りを求めてきた訳じゃない。ただ、困っている人を助けて、その人の笑顔を見るのが好きだったの」
雲の流れる夜空を見上げた。
見え隠れする月の光が、幽鬼のように蒼白な彼女の顔を照らす。
「でも、出来なくなっちゃった。・・・前みたいに、人の笑顔が見られないの」
猟華は無言で彼女の話を聞いている。
「なんかさ、何もかもどうでもよくなっちゃった」
くるりと振り返り、猟華に微笑んだ春奈の瞳は虚ろだった。
「春・・・」
「でもね、貴女に会えたのは嬉しかったよ。知り合えて、本当に嬉しかった・・・。だから」
彼女の体が、傾いた。
「え?」
「最後に会えて良かった・・・さよなら、猟華さん」
「春奈さん!!」
十字架に貼り付けにされたかのように、両手を大きく広げた彼女の体が、後ろから闇の中へと落ちていった。
猟華の体が、飛ぶ。
落下していく春奈を追い、自らも落ちながら彼女の体を抱きしめる。
驚愕した春奈が目を見開き、無意識に猟華を抱きしめ返した。
魔力を開放し、落下を止めた猟華は、宙に浮いたまま春奈の顔を覗き込んだ。
その瞳は真紅に輝き・・・涙に濡れていた。
「私は・・・人間ではありません」
言葉の出ない春奈に、猟華は告白する。
「何百年もの間、人に憧れて、人に混じって生きてきた化け物です。でも、私は人の優しさが好きです、人の思い遣りが好きです、人の温もりが好きです・・・。だから、人一倍それに溢れた貴女を、こんな形で失うのは嫌です・・・!」
「猟、華・・・さん・・・」
「だから、生きて下さい春奈さん・・・! いつかきっと、貴女を幸せにしてくれる人が現れる事を信じて、生きて下さい・・・!」
猟華の髪が広がり、植物の蔓のように変化していく。
それは無数の白い花を咲かせ、彼女を柔らかく包み込んで猟華の姿を春奈の視界から消していく。
「え・・・あ・・・! 猟・・・!」
「温かな過去をひと時の癒しの夢として、貴女に贈ります。亡くなられたご家族の為にも、生きて下さい・・・! さようなら春奈さん。私も貴女に会えて、本当に嬉しかった・・・!」
「猟華、さ、ん・・・待っ・・・」
意識が白い霧に飲み込まれるように薄れていく。
最後に見た猟華の笑顔は、これまでに見たどの笑顔よりも優しく、温かで・・・寂しげだった。
「・・・奈、春奈、起きなさい。置いてっちゃうわよ」
お母さんの声がする。
急いで体を起こして、目を擦りながらお母さんにオハヨウを言った。
「寝ぼすけさん、早く顔を洗って来なさい。朝ごはん食べたらすぐに出掛けるんだから」
そうだ、今日は家族でお出かけするんだった。
今日は私の誕生日。
前から欲しかったお人形を買ってくれるって、お父さんが約束してくれたんだ。
「春奈~、早くしないとお父さんとお母さんだけで行っちゃうぞ~」
居間からお父さんの呼ぶ声が聞こえてきた。
大慌てでベッドから飛び降りて、居間に行った。
笑顔のお父さんと、困った顔のお母さんに見られながら急いでご飯を食べて、それから着替えて、待ちに待ったお買い物に出発だ。
お店までの道を、右手をお父さん、左手をお母さんと繋いで歩いていると、前から綺麗な女の人が歩いてきた。
髪の長い、テレビに出てくるようなとても綺麗な人だ。
すれ違う時に、その人が白いハンカチを落とした。
私はお父さんたちの手を放すと、急いでそれを拾って女の人に届けてあげた。
「え? あら、ありがとう、お嬢ちゃん」
女の人の笑顔に、私も嬉しくなってニコッと笑う。
その人はお父さんとお母さんにご挨拶すると、私に聞いてきた。
「あ、ねえ? お父さんとお母さんのこと、好き?」
私が大好き! と答えると、女の人は私の頭を嬉しそうに撫でた。
「ん、そう。その気持ちを忘れないで、ずっと好きでいてあげてね。お父さんとお母さんも、お嬢ちゃんのことをずっと大好きでいてくれるんだから」
私はウン! と答えて、お父さんたちと手を繋ぎ直した。
女の人は歩き出した私たちを、手を振りながら見てる。
その顔が少しだけ、寂しそうに見えた。
私も、なんだか少しだけ、寂しくなった。
「・・・? おい、あそこ! 誰か倒れてないか!?」
「連絡のあった女性かもしれん! 急げ!」
立ち入り禁止エリアをパトロールをしていた自衛隊のジープが、倒れていた春奈を発見し、保護していく。
ビルの屋上からそれを見送っていたのは、猟華と罪だ。
罪は万一に備え、春奈の落下予測地点で待機していた。
彼の出番が無かったのは幸いであったが、猟華はようやく知り合えた友人を失う事になってしまった。
「・・・本当にいいんですか? このまま別れちゃって」
罪が隣にいる猟華に聞いた。
「ん。・・・潮時、という事ですよ」
季節的にまだ暗い空を見上げ、猟華は答える。
「彼女には、ご家族と過ごした楽しく、優しい思い出を夢の中で追体験するように術をかけました。これで、また彼女が生きる力を取り戻してくれるといいのですが」
「・・・もし、取り戻せなかったら?」
「その時は、陵辱された記憶を全て消してしまう別の術が発動します。・・・ですが、私は彼女の強さを信じます」
「・・・そうですか」
無言になった二人に、冷たい風が纏わりつく。
音と光の消えた夜の街が、世界に二人だけしかいなくなったかのような錯覚を覚えさせた。
「ん・・・。罪さん、そろそろ行きましょうか」
「ええ。では、自分の家にご案内します。東京までの長旅になりますが、機関の方からヘリが手配されています。まずは待ち合わせ場所に向かいましょう」
「あ、はい。・・・それにしても、その機関というのは随分大きな力を持っているようですね」
「まあ、それについても道中説明していきますよ」
罪を抱きかかえた猟華が夜空に飛ぶ。
街を見下ろしながら、猟華はここでの思い出をしっかりと胸に抱くのだった。
(十年ほど暮らした神戸の街ともお別れですね。・・・さようなら・・・)
未練を断ち切るように、猟華は速度を上げ、月夜の空に駆け登る。
突然の加速に、罪が小さな悲鳴を上げた。
罪が照れ隠しに笑って誤魔化す。
返す猟華の微笑みは、月と星の光の中で天女のように輝いていた。
エピローグ
罪と猟華はベッドの上で、まどろみながら思い出に浸っていた。
何とはなしに、罪はテレビをつけた。
沢山の子供達が部屋の中で駆け回っている。子沢山の家庭を密着取材した特番のようだ。
「・・・あ、あぁっ!?」
ぼんやりとそれを見ていた猟華が驚きの声を上げた。
驚いた罪が猟華を見つめる。
「ど、どうしたんだよ、急に」
「は、春奈さんですよ! ほら! この子達のお母さん!!」
「え・・・ええっ!?」
テレビの画面に映し出されていたのは、間違いなく猟華の友人だった佐野 春奈その人だった。
「あ、春奈さん・・・! 良かった、元気そうで・・・!」
思わず涙ぐんだ猟華の肩を、罪はそっと抱いた。
「それにしても・・・。男の子四人に、女の子三人!? 元気にお育ちのようで・・・」
「え、春奈さん妊娠中!? しかも双子!?」
二人は呆けたように画面を見つめる。そこに、春奈の明るい笑顔が映し出された。
繋がったスタジオの司会の質問に、彼女が答えている。
『・・・では、奥さんのもう一度会いたい人というのは、あの阪神大震災の時に知り合った女性なんですね?』
『ええ、ボランティア仲間でした。私、そこでちょっと嫌な事があって、彼女に励まされたんです。事情があったみたいで、彼女はその後すぐに帰ってしまわれて・・・。以来ずぅっとお礼を言いたいと思っていたんですけど、連絡先も分からなくて・・・』
『なるほど。では、ここで呼びかけてみてはいかがですか?』
『いいんですか? それじゃあ・・・。猟華さん! 私は御覧の通り元気です。子供達の面倒は大変だけど、旦那と一緒に幸せに暮らしています。だから、心配しないでね。よかったら連絡を下さい』
『え~と、猟華さん? もしも番組を御覧になっておりましたら、今テロップに流れている電話番号へご一報ください。お待ちしております・・・』
「良かったな、猟華。元気で幸せな上に、子宝に恵まれてなによりだ」
「・・・ええ。本当に良かった・・・!」
「連絡、してみるか?」
罪の問いに、猟華は首を振る。
「ん・・・。もう、私が彼女に関わるべきではないでしょう。トラブルに巻き込んでしまうかもしれませんし。彼女が幸せだと分かっただけで、私は満足です」
「ん~、それはそうだが・・・。それじゃあ、俺が猟華の代理って事で、会えないけど元気だって伝えようか? 匿名で」
「え。・・・そうですね、春奈さんがそれで安心してくれるなら・・・。では、罪さん、お願いします」
「了解だ」
猟華の涙を拭いつつ、罪もまた温かな気持ちになるのだった。
「あ~~っ!! 猟華ちゃん、ずる~~い!! 一人だけ罪ちゃんとイイ事してる~~っ!!」
突然、二人の鼓膜を震わす大音響が響いた。
「え! は、羽夜!? ず、随分早く帰ってきたんですね・・・」
「あたしもいるよ~~ん・・・抜け駆けするとは、猟華もずっこいねぇ~~?」
「あ、あら、蜜巳さんも、お早いお帰りで・・・」
部屋のドアから、羽夜と蜜巳がジト目で二人を見つめていた。
シーツで体を隠しながら、愛想笑いで誤魔化す猟華。
ニタニタと笑いながら、蜜巳と羽夜は猟華にゆっくりとにじり寄る。
その笑顔は、畑を荒らした動物を捕まえた猟師のようであった。
「ふ、二人ともどうしたんですか? ま、まだ四時前ですよ? 夏美さんのお店もパチンコ屋さんもまだやってますよ?」
冷や汗をかきながら、猟華はおずおずと二人に聞いた。
「夏美さん、新作スイーツを味見したら目を回して倒れちゃったの。それでお店は臨時休業して、仕方なく帰ってきたの」
「あたしはゴト師連中と一悶着あってね。全員懲らしめたけど、白けたから帰ってきたのさ」
「そ、そうですかぁ、あは、あははは・・・。あ、ざ、罪さん?」
ベッドの隅へと追い詰められていく猟華が、罪に助けを求めるべく隣を見る。
――誰もいない。
「・・・え゛」
硬直した猟華の前に、一枚の呪符が落ちている。
それを手にした蜜巳が悔しげに言った。
「隠形の呪符・・・逃げられたか」
「相変わらず、罪ちゃんの逃げ足は素早いね・・・」
穏やかな声で蜜巳と羽夜が話す。
静かに喋っている分、余計に不気味である。
「う~、罪さんひどい・・・」
思わず涙声で呟いた猟華に、二人の淫魔がゆらりと顔を向ける。
猟華の肩が、ビクッと大きく竦められた。
彼女の頬に、大粒の汗が流れていく。
「あ、あの、お、お二人とも・・・? その、出来れば言い訳をさせて貰いたいのですが・・・」
「蜜巳ちゃん、猟華ちゃんが何か言ってるよ?」
「今の猟華は獲物と同じ。そして、獲物に情けをかけるは魔族の恥」
「そうだね。罪ちゃんからの“精”、根こそぎ搾り取っちゃお♪」
「え、いや、ちょ、ちょっと待っ・・・!」
「「問答無用~~!!」」
久留間探偵事務所の中から、絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。
だが、街の喧騒に掻き消され、それが道行く人々の耳に届く事はなかった・・・一人を除いては。
「ふぅ、危なかった・・・。許せ猟華、貴女の犠牲は決して無駄にはしない」
歩道を歩いていた罪は、頭を掻きながら事務所の窓を見上げ、一人呟いた。
「羽夜にはケーキ、蜜巳にはウイスキーでも買ってご機嫌を取るとするか」
雑多な街並みの中を罪は歩き出す。
途中の公衆電話でテレビ局に電話を入れることを考え、彼の口元には優しげな微笑が広がっていった。
淫魔使い――陵辱者よ、淫花に抱かれ蕩けて果てよ――END
あとがき
随分と間が空いてしまいました、『淫花に抱かれ~』の、5をお届けいたします。
これにて『淫魔使い』の第二話は完結です。
お付き合いいただいた、御仏のような方々に感謝いたします。アリガタヤアリガタヤ(←拝むなw
さて、作中での罪の言葉遣いが、昔と現在で大分変化しています。
成長するにつれ、砕けた感じになってますね。
色々な修羅場を経験していくうちに、本来の性格が出てきたようですw
さて、ただいまちょっとごたついているので、また更新に間が開きそうです。
マターリとお待ちください・・・。
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